介護が嫌いだった。だからこそ追求してきた、介護の本質とは

レッド

written by 田野百萌佳

福島県で介護施設を展開する、社会福祉法人「多宝会」。

実は、多宝会の前身は土湯温泉で100年続く老舗旅館だったそう。

2代目理事長の加藤貴之さんも、社会人としてのキャリアのスタートはホテルで、「自分には本当はサービス業が合っている」とおっしゃいます。

サービス業にルーツを持っているからこそ、追求してきた介護の本質を伺いました。

加藤貴之さん

加藤貴之さん

社会福祉法人「多宝会」理事長。 土湯温泉で100年続く老舗旅館を営む実家の1人息子として生まれ、高校卒業後は後を継ぐためホテルに就職し修行。その後、家業が介護業にシフトチェンジし、自身も介護の道で修行をし直し、平成14年に多宝会へ就職。平成28年、2代目理事長となる。 日帰り温泉を営む「株式会社HEART計画」の経営者でもある。

継ぐ予定だった旅館が、介護業に転向

 

ーーー加藤様が社会人になってから多宝会の理事長になるまでの経緯を教えてください。

 

加藤理事長(以下、加藤):私は、父の後を継ぎ2代目として多宝会の理事長を勤めているのですが、社会人としてのキャリアの初めはサービス業でした。
というのも、もともと多宝会の前身であるうちの家業は土湯温泉100年くらいの歴史がある旅館だったんです。私は一人っ子で子供の頃から後を継ぐつもりでいたので、大学や専門学校へ進学すると言う意思がなく、高校卒業後2年間、福島から上京して2年間、大手ホテルで修行していました。

しかし、時代の流れもありそのうち父が旅館業から介護業にシフトしたんです。そうしてこの社会福祉法人多宝会が設立されました。
そのため私も、ホテルを退職して今度は神奈川県の海老名にある当時関東1大きな介護法人に転職して5年間介護の仕事をしたのち、平成14年に福島に戻ってきて多宝会に入社しました。
多宝会でも施設で介護士を勤め、平成28年7月に理事長に就任しました。

 

ーーー旅館を継ぐつもりでホテルで働いていたのに、介護業へとシフトチェンジすることになり、抵抗はなかったですか?

 

加藤:正直なところ、私はどちらかというとサービス業や旅館が好きなんです。もともと自分は土湯温泉育ちなので、ここが土湯温泉の活性化も含めて地元に貢献したいという想いも持っていたので。

実は、多宝会とは別にHEART計画(http://www.heart-project.co.jp/)という株式会社を創業し、日帰り温泉も経営しているんです。

そういった意味でも、最初は介護業に抵抗しかありませんでした。ただ、だからこそ見えてくることもたくさんあるんです。

 

「人間主義」を貫くために、「科学性」を重視する

ーーー具体的に、見えてきたのはどんなことですか?

 

加藤:福祉・介護の世界って、「優しい心で接しよう」「思いやりを持とう」「尊厳を守ろう」とよく言われますが、従来の介護の現場って、病院のように4〜6人部屋が当たり前で、ご飯の時間はみんな広いダイニングに寄せ集められるかたちでした。「これでほんとに『生活』ってあるの?」というようなことが当たり前だったんです。

介護に限らず、どんな事業も「やってあげてる」と思った時点で崩れると思っていて。私たちの場合は特に利用者の方の人生を支援させていただく、Makeさせていただく立場なので、やっぱり幸せになっていただかないといけない。今の高齢者の方々って団塊世代の方じゃないですか。昭和初期から、1つの時代を作ってきた人生の先輩なんですよね。その先輩方が社会を作ってきてくれたからこそ、我々も今この社会で生きていける。そう思うと、高齢者の方々って社会の宝以外の何物でもないと考えています。

多宝会という名前も、「多」くの「宝」の皆さんを守る、共に歩む「会」ということで、多宝会という意味があるんです。運営する各施設にも「宝」が「生」きる「園」という意味で、「宝生園」という名前が付いています。

そして、多宝会を運営するうえでのテーマを「『人間主義』を貫く」と決めたんです。

 

ーーー素敵な由来です。「人間主義」がテーマとのことですが、どのように体現していますか?

 

加藤:私がずっと取り組んできているのは、科学性を重視すること。「優しい心で接しよう」「思いやりを持とう」「尊厳を守ろう」、それはもちろんなのですが、私はそれをどういう風にかたちにしていくかを大事にしています。尊厳を守るにしても、そのあり方は千差万別だと思うんです。
多くの介護法人では、国から打ち出された介護方針の通り実践する法人が多いのですが、多宝会の場合は、それに加え自分たちが実際に関わったケースをもとに独自のケア手法を見出していくことが多いです。

 

ーーー仕組み化して実現できないと、結果的に「思いやり」や「尊厳を守る」ことにはならない。おっしゃる通りですね。具体的にはどのように体系化しているのでしょうか?

 

加藤:例えば、利用者さんのデータの記録様式を独自に開発しています。
介護する側の人間だって、50人いれば50通りの視点があるし、介護を受ける側のみなさんも50人いれば50の性格があり、50通りの介護の受け方がある。
例えば、介護を受ける方がお手洗いに行きたいと言った時に、その方が自分で歩けない、お話ができないといったことに合わせて、感覚ではなく科学性に基づいてお手伝いの仕方を変える。
行動パターンや今までの人生歴もそうですし、いろんなものをデータとして見ないと適切な介護もできないと思っているので、そこを体系化しています。

現代の介護は全室個室、少人数単位での介護でプライバシーを守るのが主流。これを専門用語で「ユニットケア」というのですが、1対1に近い介護の環境、できるだけ毎回同じ人が担当し、利用者さんと馴染みの関係を作ってしっかりとケアをしていくと言うことを心がけています。

ただ、これは実は人手がものすごく必要な手法なんですよ。介護の世界って、人がいればいるほど良いというのが理想ですが、社会全体が人材不足の今、それはなかなか厳しい。
でも、多宝会は今、ギリギリ人材不足ではないんですよ。というのも、1人ひとりの利用者の方に合った介護を、いる人数の中でできるだけ負担なく行うための取り組みとして、うちでは「ネオサークルケア」というケア方法を独自でやっているんです。サークルというとある程度集団的な意味合いがありますが、多少集団になるシーンがあっても、一人ひとりのデータ分析、一人ひとりの人生観に合わせたケアをしていくことを実現しているのがネオサークルケアです。

介護する側はシフトで動きますが、利用者さんにとっては365日24時間生活する場。介護において最大限の効果というのは、利用者さんがいかに幸せに生活していけるかということ。
我々の仕事とプライベートが分かれているように、介護施設でもそういう社会性はあって然るべきですよね。
もともとの人の生活に当てはめていかないと、変な世界になってしまう。
「我々の社会の生活はどうしているか?」に着目すると、当然集団になることもあるし1人になることもある。利用者さんにもそんな生活が必要だと思っています。
イベントごとや食事など、我々の生活でも集団になることが多いシーンではなるときは集団に。個室に戻った時は、しっかりと安全安心に過ごせるようにすることで、人としての尊厳を守ることは大切にしています。

 

ーーー「人間主義」を貫くには「科学性」が重要というお話から、での二宮尊徳の「道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である。」という言葉を思い出しました。

 

加藤:私もまさに「道徳と経済」のバランスについてよく考える機会があります。大前提、お金を稼げないとビジネスとは言えないですけど、やっぱりそこに「哲学」がないと。いくらロボットやAIが発達しても、その仕組みを作るのは人。だから、人との関わりを大切にするための心のあり方をすごく大事にしています。

 

大事なのは、働く「人財」を信頼すること


ーーー「ネオサークルケア」をはじめ、独自のケア方法については、施設で働く介護士さんたちからも意見が出ることが多いのでしょうか?

 

加藤:そうですね。自分も10年間現場を経験しているので、現場の声はよく理解できるんです。「ネオサークルケア」も実際に現場の人とやりとりをしながら作っています。実は今も作り込んでいる途中と言っても過言ではないんですね。完成ってなかなかなくて、現場の苦労がどういう風にあるか、成功例がどれぐらいあるかを都度情報交換しながら作っています。

 

ーーーそういった環境を生むために、多宝会の内部で大切にしていることはありますか?

 

介護を受ける側だけでなく、介護する側ももちろん宝。スタッフではなく人の「財(たから)」と書いて人財です。その人財が作るものが、法人の「核」になっていくと思えるか、つまり人財を信頼することが大事だと考えています。

具体的には2つあり、1つは、当たり前ですが労働者を守るための諸規則を充実させておくということ。
充実させるというのは、当たり前のこと+ αで給与面やキャリアアップしていける体制も含めて仕組みを整えていくこと。
これは、「一度作ったから良し」ではなく、進化をさせていかなければと思っています。
それも理事会で決めるのではなく、「こうだったらいいと思います」という現場の声を聞きながら、安心して働ける場を作ることを心がけています。
そのように、現場で働く方達にも裁量権を持ってもらうことがもう1つです。

例をあげると、多宝会のメンバーは約8割が女性なので「子供を職場に連れてきていいよ」というスタンスをとっています。出産しても復帰してくれる方がほとんどなんです。

一方、男性の働きやすさにも力を入れています。男性社員の育児休暇を推進しており、昨年厚労省から優秀な子育てサポート企業として「くるみん認定」を受けました。

 

ーーーそんな多宝会で働く人を採用する時は、どんなことを大切にしていますか?

 

基本的には、「来るもの拒まず、去るもの追わず」と言うスタンスです。求人原稿にもきらびやかなことを打ち出すことはしないで、自分たちの法人のあるべき姿をそのまま出す。

入ってからの働きぶりって、面接では完璧にはわからないので。

とはいえ、最低限「人が好きか」「忍耐力があるか」の2つは自己評価としてどうか聞くようにしています。そこはテクニカルな部分や経験値よりは、就職するにあたってその人の心がどこにあるかを重要視しています。

介護が好きか、お年寄りが好きかっていう細かいところは最初はあまり重視していません。業界未経験でも、「自分でも介護ってできるだろうか?」とチャレンジしてみようと思って来られる方も多いと思うので、あんまりそこを突き詰めちゃうとね。

 

ーーー新たに介護にチャレンジされる方もいる。だから、「人が好き」「忍耐力」を注視しながらも、肝心なのは採用した後ということですね。

ーーーでは、入った後にこの人採用してよかった!と感じるのはどんな時ですか?

 

加藤:現在若い世代が多く活躍してくれていますが、例えば入った当初は明るい性格だったわけではない人が、今となってはリーダーになって周りとたくさんコミュニケーションが取れるようになり、表彰を受けるまでに成長した時は特に嬉しいですね。

そういう成長って、長く働き続けてくれた時に感じられると思うんです。
勤続年数10年、20年の節目には表彰を行っているのですが、その人自身も「入ってよかったな」と思ってくれるから続けてくれるのでしょうし、そんな時にこちらも改めて「採用してよかったな」と思います。
介護業界では、3年働けばベテランだと言われるんですよね。その中で10年、20年続けるのって奇跡的なこと。瞬間的にこの子すごいなと思っても、大事なのはその凄さがどれだけ継続するかが大事だと思います。

 

ーーー実際に長く働いている方の傾向はありますか?

 

加藤:環境に頼るだけではなく、自分たちで世界観をちゃんと築けている子が残っているのかな。

先ほどの裁量権を持ってもらうという話と通じますが、自分たちで決められる範囲が大きくなると、責任も伴うので「自分たちで決めるためにはどうしたらいいか?」という議論が自然と生まれ、現場でのコミュニケーションが増えるという効果もあるんです。そうすれば、メンバーどうし、真面目な話だけでなく辛いことを共有したり、笑って話したりできる仲になる。

3Kという言い方があるように、介護って、基本的にはきついんですよね。その中で、うちでは笑い声が耐えず、職員間の交流がされているシーンは多いと思います。それが定着率にもつながるのかな。

 

「チャレンジをすればするほど、見えなかった世界が見える。」若者へのメッセージ

ーーー今後、加藤さんが目指す多宝会の姿とは?

 

加藤:はっきり言えば、完成形は考えていません。
ですが、あえて言語化するなら、どんな境遇の方がこられたとしてもそのニーズに何でも答えていけるような法人でありたい。固まっちゃいけない世界だと思っています。
利用者さんに合わせていくのが我々の仕事なので、例えば今施設に入居している方だけでも250名いるんですよね。つまり、250通りの生活週間と性格がある。何年か経って、入居者の方が入れ替われば、また別の250通りが生まれるわけです。
その道を繰り返しなので、我々自体がその方たちに合わせて順応していく。
世の中、災害や感染症のリスクもある中で、結局はその状況に順応しているところしか生き残らないので。

 

ーーー最後に、この記事を読む方へのメッセージをお願いします!

 

加藤:多宝会でこれから働く方へ焦点を当てて話すと、社会の宝である、高齢者の皆様の人生をMakeしていく、その方の幸せな生活をしっかりと築いていくって、とんでもなく尊い仕事なんですよね。この介護の本質、醍醐味をもっと知りたい、人のために何かをすることに幸せを感じるという方、我々と一緒に働いていきましょう!

また、若者全員に言えることは、大胆不敵に青年の特権を駆使して、苦労は買ってでもしたほうがいいということ。
私は高校卒業してから働き続けていますが、若いからこそチャレンジできたことがたくさんあると思っています。
勇気を出してチャレンジをすればするほど、苦労が伴ってくる。この方程式は人を育てます。苦労すると人の痛みもわかるので、見えなかった世界が見えてきたりするんですよ。これは多分、年取っても変わらないんじゃないかな。
私も46歳になった今、介護される方の思いを考えたり、もっと広く福島の街全体を盛り上げていくにはどうしたらいいか?と視点を広げ、今がある。人って、人がいるところでしか成長しないと思っているので、私自身今も意識しながら学んでいます。

 

取材後記

「人間主義」というテーマを掲げ、それを科学性をもって実現していく。「思いやりを持とう」「介護をする側も人の『財』」と意識するだけではなく、それを確実に実現できる仕組みを当事者が作っていくことが大切なのだと、改めて感じました。また、そこに完成はなく、世の中の変化や利用者の方一人一人に合わせて順応していくというお話から、介護だけでなく「事業」の本質も見出すことができました。貴重なお話、ありがとうございました!

 

社会福祉法人 多宝会HP

https://www.tahokai.jp/

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