【ダシマス老舗・佐久間建設工業】建設業の先導者として。地域と共に生き、信頼を守り続ける

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written by ダシマス編集部

創業30年以上の老舗企業に焦点を当てる本企画。持続的な成長と成功をおさめ、時代をまたぎ社会に貢献してきた歴史を紐解き、その長い期間によって培われた文化や知見から、多くの人に気づきとインスピレーションを与えることを目指しています。

本記事では、2019年で100周年を迎えた佐久間建設工業株式会社(以下:佐久間建設工業)の代表取締役社長、佐藤 岩男(さとう いわお)さんにご登場いただきます。

行政や同業他社と協働して、地域住人の暮らしや安全を守り続けてきた佐久間建設工業。その歴史は平坦ではなく、ときに大きな危機を乗り越えながら、強固な信頼を築き上げてきたといいます。

100年という年月の中で、佐久間建設工業が地域とどのようにかかわり合ってきたのか。その挑戦の軌跡や、パブリックイメージとは異なる建設業の意外な側面、そして未来の新入社員への熱いメッセージなど、存分に語っていただきました。

代表取締役社長 佐藤 岩男(さとう いわお)さん

代表取締役社長 佐藤 岩男(さとう いわお)さん

山梨大学を卒業後、福島県に道路行政を主とする土木技術職員として37年奉職、宮下土木事務所長時代に共同受注による包括維持管理を導入、中山間地域のインフラメンテナンスの土台をつくる。その後、(株)地質基礎を経て佐久間建設工業(株)の代表取締役社長に就任。宮下地区建設業協同組合の理事長も兼任し、更なる進化に励む元気で前向きな65歳。

執筆:神田佳恵

執筆:神田佳恵

フリーランスライター。"何気ない人生にスポットライトを当てる"をテーマに、インタビュー・広報note・SNS・コピーなどの分野にて執筆活動中。コミュニティ運営や編集、マーケターとしても活動の幅を広げる。一児の母。夫と息子、note、推し、旅が好き。

全国初の取り組みに挑戦。すべては地域住民の暮らしを守るため。

 

――はじめに、貴社の歴史と創業の経緯からお伺いしてもよろしいでしょうか。

1919年の創業当初は、佐久間建設工業ではなく「佐久間組」という名前を掲げていました。創業者が荷車を運ぶ仕事から土木業へとシフトし独立したそうで、最初の事業内容も馬車を引いて国道へ砂利を補充する仕事からスタートしたと聞いています。

佐久間組が大きく成長する転機となったのは、只見川の電源開発計画で工事を担当したこと。地域の土木業を任せていただく立場になったことが、現在の佐久間建設工業の足がかりになったと考えています。

 

――貴社の経営理念である「地域と共に生きる」という言葉にも、地域との密接なかかわりあいが表れていますね。

弊社が建設業・土木業に携わり、ここまで継続できたことも、すべて地域の存在があるからこそです。そして弊社が長く続いていくことは、地域の雇用を守ることにもつながります。信頼と支え合いでつながった、切り離しては考えられない関係性です。

 

――地域住民の信頼を得るために、どのようなことに取り組んでこられたのか、教えてください。

弊社がある奥会津の宮下地区では、全国で初めての取り組みとなる、インフラの「包括的維持管理制度」を導入しました。その旗振り役となったのが弊社の3代目社長で、現会長の佐久間 源一郎なんです。

この制度が実施されるまで、草刈りや除雪などの案件は、指名競争で県と業者が直接契約を結んでいましたが、さまざまな要因から建設業全体の体力が不足し、1社単独では必要な人手を補えない状態になりました。そこで同業の複数社が組合を作り、必要な人員を補完し合えるようにしたのが、包括的維持管理制度です。

 

――全国で初めてということですが、実施にあたって困難なことはありませんでしたか。

当初は、総論賛成・各論反対の意見が出るのではと心配していました。組合を構成するうちの数社は県発注の公共事業を経験したことのない企業でしたし、場合によっては各社が行っていた仕事を他社に分配する形になります。しかしながら、どうにかして地域を守りたいという思いに、各社の合意を得ることができました。

さらに当時マスコミからの取材も受け、談合や不正な競争入札が行われているのではないかと指摘されたこともありました。もちろん不正はなく、発注は一般公募の形(公募型プロポーザル方式)をとっていました。2012年に起きた中央自動車道の笹子トンネル天井板落下事故によってインフラの維持管理・老朽化対策に世間の関心も高まっていったため、そういった声は次第になくなりました。

地域やインフラ全体のことを考え、弊社にできる範囲を超えて取り組んだことが、現在の信頼関係を築く礎になったのではないかと思います。

 

会社がなくなるかもしれないほどの危機。乗り越えられたのは強い信頼があったから

 

――100年という歴史の中で、印象に残るエピソードを教えてください。

一番大きな危機は、昭和49(1974)年3月に弊社が担当した国道252号で、ブロック積みが崩壊する事故が起きたことです。建設業の従業員を運ぶ輸送バスの上にブロックが崩れ落ちて、通行人の方が巻き込まれてしまい、数名の死者が出てしまうとても大きな事故です。

人災なのか、天災なのか。原因究明のため裁判にまで至りましたが、最終的に天災と判断が下りました。本当に会社がなくなってしまうのではないかと思われるほど、大きな出来事でした。

 

――そのような大きな危機を、どのように乗り越えたのでしょうか。

私は当時まだ弊社にいなかったのですが、社員一丸となって協力しあって乗り越えてきたと聞きました。どんなときでも社員を大切にしていたことが、困難を乗り越えて現在につながったのだと思います。

公共工事の件数がぐっと減った2000年代も、まずは所有する機械を手放しなんとか乗り切ろうと試みましたが、どうしても人員を削減しなければならない局面に追い込まれました。冬場は除雪以外の仕事はないため、苦渋の決断で一部の社員には辞めてもらい、しばらくは失業保険で繋いでもらって、新たな仕事ができた春に再雇用する形でなんとか繋いでいったそうです。

 

――多くの困難を乗り越えて、100年を迎えているのですね。佐藤さんが4代目社長に就任されたときは、どのような心境でしたか。

私の前職は県職員として働いていた公務員でしたので、建設業の厳しい状況は重々承知していました。そして、実は先述の包括的維持管理制度を設定したのは、県職員時代の私自身なんです。制度設計に伴う取り組みの中で現会長とご縁ができ、声をかけてもらったのが就任のきっかけでした。

会社を継ぐというのは、会社の歴史も担って次につないでいくことだと考えています。県職員時代も地域を守ることを第一に取り組んできたので、「地域と共に生きる」を理念に掲げる佐久間建設工業に、このような立場で迎え入れていただいて光栄に感じています。

 

――佐藤さんご自身が、社長として日頃心掛けていることはありますか。

私個人も、会社においてもですが、失敗を糧に進んでいくことですね。何事も、果敢に挑戦することは大切なこと。そしてそれができるのも、周囲の力強い支えや助けがあってこそです。

信頼を築くのは大変ですが、失うのは一瞬です。強固な人間関係を築いていくためにも、日頃から周囲の信用を裏切ることのないように努めています。

 

負のイメージを覆したい。最先端の社会課題へ取り組む側面も

 

――貴社が現状抱えている課題があれば、教えてください。

弊社に限らず、人手不足は業界全体の課題だと感じています。そしてその一因となるのは、業界に対してマイナスイメージがついてしまっていること。福島県においても、残念ながら建設業を取り巻く負の歴史が刻まれていますし、仕事に対するネガティブ要素を表現した3K(キツい・汚い・危険)という言葉も世間に定着してしまっています。

 

――業界に対するマイナスイメージを払拭するためには、どのような取り組みが必要だと感じますか。

実情を正しく伝え、ポジティブなイメージを広めていくためのPRを積極的に行う必要があると思っています。弊社をはじめ、業界としても蓋を開けるとクリーンな環境だった、ということは多分にあります。昔の3Kから新たな3K(給料よし、休暇も取れる、希望を持てる)へのイメージチェンジを図るためにも、発信を増やしていかなければならないなと。

地域の安全・安心を守っているのは、他でもない建設業です。建設業がなければ、道も作られないし、雪も取り除かれないし、家も建たない。道路も建物も古くなりますから、メンテナンスが不可欠です。地域のために、陰ながら活躍していることを評価していただき、メディアにおいてはポジティブな報道が増えていけば嬉しいです。

 

――直近で、世間に対して建設業の既存イメージを変えられそうだと感じたエピソードがあれば、一つ教えてください。

弊社は、森林の間伐や材木の生産などを行う森林事業部を抱えているのですが、そこでの取り組みとして、行政との研究支援なども行っています。三島町で5500年前の沼沢噴火による埋もれ木が発見され、弊社の森林事業部が中心となって研究支援を行っているのですが、企業訪問研修で訪れた高校生が関心を寄せていたのが印象的でした。

SDGsがうたわれ、若年層も環境問題に興味を抱くようになってきています。近年はバイオマス研究や森林保全など、行政とのコラボレーションで進めているので、社会課題や研究の最先端に携わることもあるというのは、既存イメージとは異なる部分かもしれません。

 

利益はまず社員に還元したい。制度改革にも意欲的

 

――100年という長い歴史を紡ぎ、現在まで会社が継続できた理由はなんだと思いますか。

やはり、社員を手放すことなく大切にしてきたことが最たる理由だと思います。人がいないと会社を継続できない、ひいては地域を守ることもできない。社員が心地よく働いてもらうための環境を整えるのは、最重要事項です。

そして社員一人ひとりも、会社と同じ方向を向いていないと続けてはもらえないと思っています。つまり、「地域のために働く」ことに共感してもらわなければいけません。佐久間建設工業で働いていることが、社員のプライドやモチベーションにつながり、会社の看板を背負うことに自信と責任を持ってもらう。そうすることで、地域からの信頼を守り、会社を継続できるようになります。

 

――社員に長く働いてもらうために、社内的に取り組んでいることはありますか。

働き方改革には意欲的に取り組んでいます。完全週休2日制を取り入れてからは、今年で7年目になりました。同時期に月給制を導入しており、昨年度の賞与実績も4.3ヶ月分と、一般企業と比較すると高水準なのではないかと思います。

私も会長も、会社に利益が出た場合はまず社員に、そして次に地域へ還元したいという考えを持っているんですよ。

 

――社員を大切にする制度や待遇が用意されているのは大きな魅力ですね。どのような方を採用したいと考えているのでしょうか。

まずは、高校を卒業した方を新卒として採用していきたいです。弊社では特定の高校を出ている必要もないし、資格は入社以降に取得できます。弊社のある奥会津にも高校がありますし、地元のお子さんの多くは弊社の名前を聞いたことがあるほど密接なつながりがあるので、積極的に迎え入れていきたいですね。

あとは、Uターンで地元に戻ってきた30〜40代の中途社員採用も考えています。地域にご縁のある方は、必ず面接させていただいているくらいなんです。会社としてもデジタル化・ICT化が課題なので、若い世代の採用には積極的です。

 

――最後に、未来の新入社員へ向けてメッセージをお願いします!

ものをつくる喜びは、他には代えがたいものがあります。そして何より、地域の暮らしを守るという建設業の仕事は、きっと強くやりがいを感じられる日々の連続だと思います。

弊社は、業界を先導する形で、社員の働きやすい環境を整えています。もしも興味を持っていただけたら、ぜひ弊社で建設業の面白さに飛び込んでもらいたいです。

 

佐久間建設工業について

・ホームページ:https://www.sakuma-ci.com/

 

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